恋愛小説

そして源氏の君のような男性が、きっと自分を訪ねてきてくれることだろうと夢のようなことばかり考えていた。しかし、そうした空想の世界にひたっている間に、こんなにさびしい身の上になってしまった」と嘆いています。菅原孝標女は典型的なシンデレラ・コンプレックスを持っていたと考えられますが、彼女のように、素晴らしい男性がいつかきっと自分を迎えにきてくれる、と夢見る気持ちはどんな女性にも少なからずあるのではないでしょうか。事実、シンデレラ・ストーリーそのものの大全集である貢-レクイン・ロマ迄シリーズの成功は、女性のシンデレラ・コンプレックスがいかに強いかということを物語っています。このシンデレラ・コンプレックスをかきたてるのが恋愛小説の原型なのです。また、すべての恋愛小説には、セックスにおける代理体験という側面があります。これは小説だけでなく、映画にしてもテレビドラマにしてもそうです。それは想像の世界が現実のイメージに投影されて擬似的な体験が得られるからです。結婚前にで、相性ピッタリの相手を見つければ結婚生活の苦労はもっと減るだろう。だから恋愛小説を読んでいると、恋の擬似体験をすることになります。菅原孝標女が少女時代、『源氏物語』や『宇津保物語』を読んで夢見心地になっていたのもそのためです。たしかに『マディソン郡の橋』を読んで、シンデレラ・コンプレックスをかきたてられた女性は多かったと思いますが、現在のような平等志向の強いアメリカ社会では、社会的なステータスを誇示するのは毛嫌いされる傾向があります。

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